パンのお取り寄せはブランジェ浅野屋へ。東京・軽井沢でおいしいパンをお届けしています。

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浅野屋ストーリー

浅野屋の創業当時の写真

浅野屋の歴史は、まだパンの需要がそれほど多くなかった昭和8年(1933年)に、現在の千代田区麹町で洋酒、食料品、パンを販売する「浅野商店」として誕生。各国大使館、外交官の方々にご愛顧いただいておりました。軽井沢へ避暑に訪れる方も多くいらっしゃるということで要望を受け、昭和15年に軽井沢にも夏季出張店を開設。避暑地に集まっていた外国のお客様や華族の皆様に大変喜ばれておりました。また戦時中には外務省の依頼を受け外国公館員の方々の指定食料配給所として営業をしておりました。

外務省指定食料配給所

昭和47年、新宿区 四谷にベーカリーとしての新店舗がオープン。それまでは食料品の一部としての扱いで、販売も小規模だった浅野屋のパンの製造量が、これにより飛躍的に増えたのです。その後ベーカリーとしての技術向上、設備面でも充実していくこととなりました。そして、より多くのお客様へ浅野屋のパンを提供できるようになりました。

昭和58年、軽井沢への観光客が増加する流れに合わせて軽井沢旧道店を全面改装、通年営業に。その当時、ヨーロッパの伝統的なパンづくりに感銘を受け、多様化する日本食文化の中に欧風ハード系のパンの価値を見出し、物販のみならず、料理とパンの相性や主食としてのパンの提案を行うコンセプトのレストラン「シェ・マリー」を店舗に併設してオープンさせました。

レストラン「シェ・マリー」

また軽井沢旧道店と四谷店にスペイン製ファルファス社の石窯を日本で初めて設置。当時はまだ珍しかったヨーロッパタイプのパン作りを志し、その製パン技術を積極的に導入することで、他のベーカリーにはない優位性を打ち出しました。さらに、店内にはイートインコーナーを設置。焼き立てのパンを店内でお召し上がりいただけるようになりました。

平成2年、軽井沢旧道店の来客が増加の一途をたどり、2号店として白樺台店がオープン。軽井沢旧道店は観光客で賑わうため、白樺台店のオープンは別荘族のお客様や地元の方々に大変喜ばれました。
同年、白樺台店にはフランス料理店、四谷店にはイタリア料理店をオープン。幅広い「食の提案」により新たにパンの価値を高めていきました。

スペイン製の石窯

平成9年、東京でのパンの需要も順調に伸び続け、製造量の増加に伴い旧四谷工場だけでは製造が不可能となり、板橋工場を新設。浅野屋の中で最大規模となったこの工場では、日勤、夜勤と常時稼動し、店舗のみならず有名レストランやホテルなどに向けた製造も行うようになりました。

平成12年、松屋銀座店へ出店。限られたスペースながら、毎日多くのお客様に訪れていただいております。その後、数回のリニューアルを経て銀座店の認知度が高まり、お中元やお歳暮として浅野屋のパンを銀座から全国へお届けできるようになりました。

平成18年、四谷店が惜しまれながら閉店。その後自由が丘店がオープンし、当初は店外まで行列が絶えなかったほど。2階にイートインスペースを設けましたが、これは東京では初の試みです。自由が丘には洋菓子店やベーカリーなども多いので、浅野屋らしさを出しつつお客様のニーズをふまえた店舗、商品づくりを心がけております。

平成19年、東京ミッドタウンへ出店。東京初となるブラッスリーを併設した店舗がオープンいたしました。店内のベーカリー工場で焼き立てのパンを提供しつつ、六本木のお客様に合う商品づくりを目指しております。
ブラッスリーではピザ窯を設置。パン屋ならではの生地にこだわったピッツァの提供と、軽井沢の食材を使ったメニューづくりを行っております。

創業当時から現在まで、どんな時代背景の中にあっても、お客様に愛されるパンづくりを心がけてきました。長い年月をかけて受け継がれてきたレシピ、製法は浅野屋の財産です。それを忠実に受け継いでいくことが、浅野屋のパンに込められるおいしさのエッセンスとなるのです。

東京ミッドタウン店